第3単元
救済から権利保障へ―歴史の大きな流れ
制度名の丸暗記ではなく、誰がどう支えられるようになったかを追おう
この単元でできるようになること
- 慈善・救貧と権利保障の違いを説明できる
- 戦後の社会保障制度形成を大づかみに並べられる
- 歴史的変化を現在の利用者主体と結び付けられる
慈善と救貧から始まった
近代以前の救済は、家族・地域・宗教的慈善などに多くを依存し、対象を厳しく限定する制度もありました。産業化と都市化が進むと、貧困を個人だけの問題として扱えず、組織的な救済や社会保険が発展します。
歴史を学ぶ時は『対象は誰か』『受ける権利があるか』『財源と責任は誰にあるか』を比べます。
戦後、権利としての基盤を整えた
日本国憲法の制定後、1947年の児童福祉法、1949年の身体障害者福祉法、1950年の現行生活保護法が整えられ、いわゆる福祉三法の体制が形成されました。1951年には社会福祉事業法が制定され、事業・施設・法人などの基盤が整備されました。
その後、精神薄弱者福祉法(現在の知的障害者福祉法)、老人福祉法、母子福祉法(現在の母子及び父子並びに寡婦福祉法)が加わり、福祉六法と呼ばれる領域が形づくられました。
皆保険・皆年金とサービスの拡大
1961年に国民皆保険・皆年金が実現し、病気や老後などの生活上のリスクを社会全体で分かち合う基盤が広がりました。高度経済成長、少子高齢化、家族や働き方の変化に応じ、介護、障害、子育てなど制度は更新され続けています。
年号だけでなく、制度が社会経済の変化に応答してきたことを理解します。
措置中心から利用者主体へ
1990年代以降、在宅福祉や地域福祉が重視され、2000年の法改正で社会福祉事業法は社会福祉法へ改称されました。サービスの利用を行政が一方的に決める発想から、情報提供、契約、苦情解決、権利擁護を整える方向が強まりました。
ただし契約だけで全て解決するわけではありません。選択が難しい人への意思決定支援や、虐待・困窮時の公的介入も必要です。
5分のまとめ
- 救済の対象と責任は歴史の中で拡大した
- 戦後に福祉三法と社会福祉事業法が整備された
- 1961年に国民皆保険・皆年金が実現した
- 現在は利用者主体と地域福祉が重視される
foundation quick check
基礎理解を確認しよう
ここは単元の理解確認なので基礎問題です。全3問の結果はリーリーの次のおすすめに反映されます。
根拠とファクトチェック
AIを活用して作成し、2026年7月17日に公式一次情報と照合しました。次回確認期限は2026年12月31日です。
